花柳徳兵衛
1908〜1967

月 日 内 容
明治
41年
1月
16日
群馬県高崎市に生まる。
大正
13年

徳之輔肖像舞踊家を志し、故花柳徳之輔に師事する。
昭和
3年

花柳徳兵衛の名を許され独立する。
昭和
8年

第一回創作発表会を開催、以来毎年創作公演を開く。
昭和
12年
1月 国際親善のための芸術使節として、シャムに渡る。バンコック、仏領印度支那、海防、四貢にて公演。
昭和
15年

満州鉄道の招聘により満州に渡る。
昭和
16年

南支那文芸使節団の一員として南支那を訪れる。
昭和
29年

文部省主催芸術祭に「慟哭」をもって参加、最高の芸術祭賞文部大臣賞を授与される。
昭和
31年
2月
アジア連帯委員会

アジア連帯委員会の文化使節団に、日本舞踊代表として参加、インド、ローマ、パリ、ウィーン、ソ同盟、カサフ共和国、ウランバートル(外蒙)、中国、北鮮(平壌)、北ベトナムを訪問。

12月 文部省芸術祭執行委員会より主催公演を委嘱され、創作、「鶴ふたたび」を上演する。
昭和
32年
12月
土に生きる

文部省主催芸術祭に創作「土に生きる」をもって参加、再び文部大臣賞を授与される。


A・A舞踊会議

カイロで開催されたアジア・アフリカ諸国国民会議に、日本文化界代表として参加「A・A舞踊会議」設立を提案、満場一致で決議さる。帰途タイを訪問。
昭和
33年
7月 毎日新聞杜後援のもとに文化使節として中華人民共和国を訪問。天津、北京、南京、上海と約一ヵ月間訪れ古典舞踊及び民族舞踊を中心とし、一行50名を連れ公演を行い、各地で歓迎される。
昭和
34年
2月 日本の舞踊界に於て初めての大劇場公演に成功する。

4月 東京新聞社制定の舞踊芸術賞を授与される。

11月 初の大劇場大衆公演をもって同時に文部省主催芸術祭に参加し、創作「三つの世界」「民俗舞踊集」に三たび文部大臣賞を授与される。
昭和
35年
3月 舞踊ペンクラブ制定の舞踊ペンクラブ賞を授与される。

11月 民族舞踊運動を認められ再び文部省芸術祭執行委員会より「民族舞踊」による芸術祭主催公演を委嘱される。
昭和
36年

都民劇場、東京労音の定例鑑賞会に出演。続いて全国各地で公演を行う。
昭和
36年

中国人民対外文化協会の招待で、中国の舞踊事情見学のため中華人民共和国を訪問。
昭和
37年

日本で初めての日本舞踊学校として「徳兵衛日本舞踊学校」を開設、校長に就任する。

12月 大阪労音九月例会における民俗舞踊の芸術化の成果に対して、大阪府芸術祭奨励賞を授与される。


大阪松竹歌劇団の。「春のおどり」「秋のおどり」の振付に対して、大阪芸能記者会より「第六回レインボー賞」を授与される。


野の火

第一七回文部省主催芸術祭に創作「野の火」「田の神の暦」「壇の浦」をもって参加、四たび文部大臣賞を授与される。


「野の火」「田の神の暦」の作品としての綜合的な成果に対して、舞踊ペンクラブ賞を授与される。
昭和
38年
1月 中国人民対外文化協会に招かれて、中国新舞劇「宝蓮灯」学習のために中国に渡る。

12月 文部省主催芸術祭に「宝蓮灯」をもって参加、芸術祭奨励賞を授与される。
昭和
39年

東京労音、大阪労音において「宝蓮灯」を上演、全国各地に舞踊公演を行う。

4月 民俗舞踊の保存・伝承を目的とする民俗舞踊研究所を設立。


鹿児島公演中発病。

5月 東大木本外科入院。

6月 大磯大真会大磯病院へ転院。

10月 国立文化財研究所の委嘱により「麦屋節」他三曲を採譜。

12月 退院。
昭和
41年
3月 民音「宝蓮灯」四国、関西公演。


徳兵衛日本舞踊学校第二回卒業公演「獅子物研究」発表。

7月 NHK芸術劇場、「ひさごの唄」。

11月 産経ホールに於て創作舞踊「羽衣」を発表。


NTV「素的な夫婦」。


鹿児島文化センター(こけら落し)寿式三番「松竹梅」「宝蓮灯」


産経ホール創作発表「羽衣異説」


「暫三番」「ひさごの唄」
昭和
41年
3月 徳兵衛日本舞踊学校第三回卒業公演「三番叟の研究」発表。

4月 民音「宝蓮灯」東北、北海道。

5月 NTV寺崎順原作「徳妻の記」より連続ドラマ「徳妻さん」始まる。

9月 国立文化財保護委員会の委嘱により「蓮華会舞」他三曲を採譜。
昭和
43年
4月 病再発、東芝病院入院。

5月24日 肝硬変症による急性心不全の為死去。▼即日、従五位勲四等瑞宝章下賜さる。▼NHK芸術劇場創作「鶴の詞」
昭和
44年
8月 NHK芸術劇場創作「誓の扇」「波の上」「傘のうち」
昭和
45年
6月 徳兵衛三回忌追善舞踊会。
昭和
49年
6月30日 徳兵衛七回忌追善舞踊会(於国立大劇場)
昭和
54年
5月30日 徳兵衛十三回忌追善舞踊会(於歌舞伎座)
平成
12年
5月24日 徳兵衛三十三回忌 偲ぶ会(帝国ホテル)


追悼抄


藤蔭満洲野 作詞
杵屋 正邦 作曲


みずみずしく
美わしい五月
目に映えるものは、蒼、青、あお
武蔵野に点々と聳える欅は
その王者。

花柳徳兵衛は、新しい舞踊を創り
たくましく、素朴で、強い
欅のような舞手であった。

巨木が倒れるように、
彼は五月の空へ昇天した。

また新緑の季が巡り、五月となれば
金色のそらに対かって欅は真青に輝く
透きとおる新芽に
徳兵衛さんの魂は宿り・・・・・・・・・

日本を、舞踊を
妻を、弟子を
思いつつ、見つめる。


徳兵衛先生と夫人
HPへ / 一つ前のページへ