切り絵

花柳徳兵衛
舞踊団

中国公演
(1958)

切り絵

神戸港からの出航
6月15日
正午 長沙丸乗船、一行46名。2時 神戸港出航。
当時のプログラム

6月25日 初日 於 首都劇場
入場人員約2000名。
熱烈な空気の中で開幕式。
初日プログラム
 1,三番叟
 2,雪(鷺娘)・花(元禄花見踊)・月(橋弁慶)
 3,浦島
 4,民族舞踊集
  [中休み]
 5,連獅子
 6,吉野山
6月29日 二日目 入場人員約2000名。
7月 4日 中華大戯院において天津の初日
2000名
7月 5日 二日目
7月 7日 南京人民大会堂において南京初日
3000名
7月 9日 二日目 3000人
7月13日 上海人民大舞台 初日 2500人
上海魯迅の墓参拝
7月14日 二日目 2500人
7月15日 最終公演 2500人
7月24日 横浜港上陸

◆こぼれ話◆

 訪中団は、時の人である周恩来首相主催の歓迎パーティに師匠以下全員がご招待を受けました。もちろん紋付き羽織袴で正装しての出陣です。

 パーティーが始まりますと、テーブルごとにご挨拶ということになり、中国の習わしなのですが、誰かが発言する度に、全員が立ち上がって乾杯をいたします。そして飲み干した杯をお互いに見せ合って親交を深めるという段取りです。

 これには参ってしまいました。扇拍子でも書きましたが、わたしは基本的にアルコールを受け付けない体質なのですが、全員で「見せ合う」ところまでやらないと話が先に進みません。一つの礼儀でもあるし、日本男子としても醜態をさらしてはならないという悲壮な心で努めましたが、中国独特の強いお酒(老酒)を無理矢理に何杯も胃に流し込みました。

 それでも気力でその場は何とかしのぎましたが、帰りのバスに乗り込んだ瞬間に気絶!意識不明、仮死状態、魚市場のマグロ状態。幸い紋付きは無事だったとは言え、大変な後始末を経験することになりました。

 それにしても、下戸の身からすると、この苦しみと毎夜戦う?酒好きの方々の行動は現在でも理解出来ません。実はあのとき、師匠も飲めなかった筈なのに、どうしたんだろうと不思議に思います。

 老酒は、無理をすれば「香りはいいかな」と思うことはありますが、この事件以来このお酒は絶対飲むまいと心に誓って今日に至っている次第です。
 でも烏龍茶とジャスミン茶は、大好きな飲み物です。(笑)

 

上海・北京・万里の長城
訪中日本舞踊使節団人員名簿
団長 花柳 徳兵衛
副団長
兼秘書長
山口 久吉
副秘書長 越   寿雄
秘書 島田 政雄
杉本 要吉
山本 鋒次郎
文芸演出
兼秘書
高瀬 精一郎
舞台監督
兼秘書
松永 良男太
舞踊部長 花柳 徳三尾
音楽部長 芳村 伊久三郎
舞踊部員 花柳 孝兵衛
花柳 新兵衛
花柳 吉 衛
花柳 千佳衛
花柳 雅 衛
音楽部員 杵屋 栄之助
望月 太喜右衛門
舞台工作
部長
藤浪 隆之
舞踊部員 花柳 千加良
花柳 衛彦
舞踊部員 花柳 衛
花柳 珠衛
花柳 衛祐
舞踊部員 花柳 琢兵衛
花柳 麿仁衛
花柳 衛月
花柳 育智衛
花柳 松之輔
牧野 貞文
沢   孝
音楽部員 芳村 伊千太郎
柏   庄六
吉住 小輔
杵屋 栄三郎
杵屋 栄徳郎
杵屋 栄敏郎
鳳声 晴雄
望月 左吉
望月 太輔
梅屋 市松
福原 覚寿
舞台工作部 辻田 憲利
舞台工作部 川島 秀昭
外岡 正夫
鈴本 吉之助
 
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